2016年8月24日水曜日

第31回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2016年10月29日() 13:00~18:15
会場 】 共立女子大学 神田一ツ橋キャンパス本館 415会議室

【 プログラム 】
13:00~15:30 第 I 部 合評会 白鳥潤一郎(著)『「経済大国日本の外交 エネルギー資源外交の形成 1967-1974年』千倉書房、2015年:http://www.chikura.co.jp/ISBN978-4-8051-1067-6.html

   基調講演:白鳥潤一郎(北海道大学 高等法政教育研究センター 協力研究員)

        コメンテータ:武田 悠(外務省 外交史料館 事務官)
        コメンテータ:高橋和宏(防衛大学校 人間文化学科 准教授)



15:45~18:15 第 II 部 合評会 細田晴子(著)『カストロとフランコ 冷戦期外交の舞台裏』筑摩書房、2016年:http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068866/

   基調講演:細田晴子(日本大学 商学部 准教授)

                           コメンテータ:八十田博人(共立女子大学 国際学部 教授)
                           コメンテータ:小池康弘(愛知県立大学 外国語学部 教授)



2016年7月23日土曜日

第30回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2016年9月25日() 13:00~18:15
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 2号館 303号室

【 プログラム 】
13:00~15:30 第 I 部 講演 コメント
   講演:山本章子(沖縄国際大学 非常勤講師
       コメンテータ:水本義彦(獨協大学 外国語学部 准教授)

デタント崩壊と大平外交―インドシナ政策を中心に
Ohira's Indochina Diplomacy in the Era of the Fall of Detente

 本報告の目的は、米国のカーター政権がデタントから新冷戦へと冷戦戦略を転換する過程で、インドシナ政策をめぐって日米間で隠れた対立が生じたことを解明することである。
 先行研究は、1970年代末の日本が米中両国の従属的アクターであり、米中国交正常化以降、両国の反ソ連携に拘束されるようになったと論じてきた。しかし、米中国交正常化直前に首相となった大平正芳は、親米保守政治家として有名だが、日米首脳会談でデタントの継続を説いたり、カンボジアに侵攻したベトナムに対する米国の経済制裁の呼びかけに反して、対越経済援助を継続しようとするなど、対米協調一辺倒ではなかった。問題はむしろ、大平首相が対米協調の一環としてこうした政策を採ったのに、ソ越両国の孤立による経済的疲弊を狙うカーター政権と対立する結果となったことにある。なぜ、このような日米間のインドシナ政策の齟齬は生じたのだろうか。
 本報告では、カーター政権内における、デタントを推進するヴァンス国務長官と、中国と連携してソ連に対抗するブレジンスキ大統領補佐官との対立が、日米関係に波及したことによって、日米間で政策共有が困難となった事実を解き明かしたい。



15:45~18:15 第 II 部 合評会 小谷 賢(著)『インテリジェンスの世界史 第二次世界大戦からスノーデン事件まで』岩波書店、2015年:https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/3/0291790.html

   基調講演:小谷 賢(日本大学 危機管理学部 教授)

        コメンテータ:松本佐保(名古屋市立大学 大学院人文社会系研究科 教授)
        コメンテータ:濱村 仁(東京大学 大学院総合文化研究科 博士課程)



2016年5月15日日曜日

第29回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2016年7月10日() 13:30~18:30
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
13:30~15:45 第 I 部 講演 コメント
   講演:藤沢 潤(早稲田大学 ロシア研究所 研究員)
         コメンテータ:雲 和広(一橋大学 経済研究所 教授)

資源エネルギー問題からみるソ連・コメコン関係 1960‐70年代を中心に
Soviet-Comecon Relationship in light of the resource and energy problems in the 1960s and 1970s

 冷戦は、資本主義体制と社会主義体制という二つの体制間の競争であった。東西冷戦下、両陣営ともに、急速な経済成長を成し遂げることで、自らの経済体制の優越性を示そうとした。この経済成長をめぐる両陣営間の競争を支えたのが、世界各地の膨大な資源・エネルギーであった。西側諸国が天然資源の多くをアジア・アフリカ諸国に依存したのに対して、東側諸国はほぼ全面的にソ連からの資源供給に依存した。すなわち、東側陣営が冷戦を継続できたのは、ソ連の豊富な天然資源のおかげであった。
 本報告では、1960年代から70年代にかけてのコメコン諸国の資源・エネルギー政策を、旧ソ連・東独の文書館資料をもとに分析することによって、冷戦の経済的側面を東側陣営の視点から検討したい。
 早くも60年代前半には、ソ連指導部は、自国資源の供給によってコメコン諸国の経済成長を支え続けることが困難であると認識していた。しかしながら、ソ連・コメコン諸国には有効な打開策がなかった。コメコン諸国間の計画調整によって、コメコン諸国向けソ連資源の供給量が増大したとはいえ、それは増大し続けるコメコン諸国の需要を賄いきれるものではなかった。70年代末に、ついにソ連にも「エネルギー危機」が訪れると、ソ連は東欧諸国を支えきれなくなり、ソ連・東欧圏の崩壊へと向かうのである。



16:00~18:30 第 II 部 合評会 佐橋 亮(著)『共存の模索 アメリカと二つの中国の冷戦史』勁草書房、2015年:http://www.keisoshobo.co.jp/book/b213094.html

   基調講演:佐橋 亮(神奈川大学 法学部 准教授)

        コメンテータ:松村史紀(宇都宮大学 国際学部 准教授)
        コメンテータ:青山瑠妙(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)



2016年3月20日日曜日

第28回例会

(※ 終了しました)
合評会 西田慎・梅崎透(編)『グローバル・ヒストリーとしての「1968年」 世界が揺れた転換点』 ミネルヴァ書房、2015年:http://www.minervashobo.co.jp/book/b194066.html

【 日時 】 2016年6月25日() 13:00~18:30
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
13:00~14:20 第 I 部 「第11章 日本 ―全共闘とべ平連」
    基調講演:安藤丈将(武蔵大学 社会学部 准教授)
      コメンテータ:小杉亮子(京都大学 アジア研究教育ユニット 研究員

14:30~15:50 第 II 部 「第12章 〈新しい女性運動〉とその後」
    基調講演:兼子 歩(明治大学 政治経済学部 専任講師)
      コメンテータ:清原 悠(東京大学 大学院学際情報学府 博士課程)

16:00~17:20 第 III 部 「第13章 新しい環境運動」
    基調講演:石山徳子(明治大学 政治経済学部 教授)
      コメンテータ:青木聡子(名古屋大学 大学院環境学研究科 准教授)

17:30~18:30 第 IV 部 総合討論



2016年3月19日土曜日

第27回例会

(※ 終了しました)
合評会 西田慎・梅崎透(編)『グローバル・ヒストリーとしての「1968年」 世界が揺れた転換点』 ミネルヴァ書房、2015年:http://www.minervashobo.co.jp/book/b194066.html

【 日時 】 2016年5月14日() 13:30~18:00
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
13:30~15:45 第 I 部 基調講演
     講演:西田 慎(奈良教育大学 教育学部 准教授)
     講演:梅﨑 透(フェリス女学院大学 文学部 教授)

16:00~18:00 第 II 部 コメント+総合討論
      コメンテータ:塩川伸明(東京大学 名誉教授)
      コメンテータ:小杉亮子(京都大学 アジア研究教育ユニット 研究員)



2016年1月16日土曜日

第26回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2016年3月19日() 13:30~19:15
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 18号館 4階 コラボレーションルーム 4

【 プログラム 】
13:30~16:15 第 I 部 合評会 清水 聡(著)『東ドイツと「冷戦の起源」 1949~1955年』法律文化社、2015年:https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03701-5&q=search&genre&author&bookname&keyword=%90%B4%90%85%91%8F&y1&m1&y2&m2&base=search

    基調講演:清水 聡(明治大学 政治経済学部 兼任講師)

        コメンテータ:芝崎祐典(早稲田大学 文学学術院 非常勤講師)
        コメンテータ:野添雅義(高山自動車短期大学 自動車工学科 教授)



16:30~19:15 第 II 部 合評会 金 伯柱(著)『朝鮮半島冷戦と国際政治力学 ―対立からデタントへの道のり―明石書店、2015年:http://www.akashi.co.jp/book/b209934.html

    基調講演:金 伯柱(東京大学 大学院総合文化研究科 学術研究員

        コメンテータ:吉澤文寿(新潟国際情報大学 国際学部 教授)
        コメンテータ:李 東俊(北九州市立大学 外国語学部 准教授)
ファシリテータ:長澤裕子(東京大学 グローバル地域研究機構 特任講師



2015年12月6日日曜日

第25回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2016年2月13日() 13:30~18:45
会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
13:30~16:00 第 I 部 合評会 武田 悠(著)『「経済大国」日本の対米協調 ―安保・経済・原子力をめぐる試行錯誤、1975〜1981年―』ミネルヴァ書房、2015年:http://www.minervashobo.co.jp/book/b195968.html

   基調講演:武田 悠(外務省 外交史料館 事務官)

       コメンテータ:楠 綾子(国際日本文化研究センター 准教授)
       コメンテータ:吉岡 斉(九州大学 比較社会文化研究院 教授)



16:15~18:45  II 部 講演 コメント
    講演:松本佐保(名古屋市立大学 大学院人文社会系研究科 教授)
       コメンテータ:新谷 崇 (東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所)
       コメンテータ:高橋沙奈美(北海道大学 スラブ・ユーラシア研究センター 助教)
       コメンテータ:八十田博人(共立女子大学 国際学部 准教授)

冷戦期バチカンの国際政治における役割
The international role of the Vatican during the long term Cold War

 冷戦の開始は一般的に1945年とされるが、ロシア革命勃発の1917年とする説もある。本講演は冷戦を、ソ連の樹立から崩壊までの1922~1991年として捉え、この間一貫して「反共産主義」の立場であったバチカンが、国際政治においてどの様な役割を果たしたかを概観する。拙著『バチカン近現代史』*の第IV章~VIII章に主に焦点をあて、お膝元であるイタリアを中心に東欧を含む欧州との関係、そして冷戦時代の主要アクターである米国との関係、さらには「米国とソ連の代理戦争」と言われたベトナム、ラテン・アメリカや中東の紛争も視野に入れて考察する。
 バチカンとムッソリーニの間に締結された1929年のラテラノ条約、ナチス・ドイツとの1933年の政教条約、そして1939年の米大統領ルーズベルトの個人特使のバチカンへの派遣、戦後1948年のイタリア総選挙への米国との協力介入、第二バチカン公会議の国際政治的なインプリケーション、西ドイツの東方外交への支援、ベトナム戦争やラテン・アメリカでの紛争への米国の介入への支援、ヘルシンキ軍縮会議への関与、そして冷戦の崩壊にむかっての米国との協力関係などについてである。
* 松本佐保(著)『バチカン近現代史 ローマ教皇たちの「近代」との格闘』中央公論新社、2013年:



2015年10月8日木曜日

第24回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年12月5日() 13:30~18:45
会場 】 上智大学 四谷キャンパス2号館 402号室

【 プログラム 】
13:30~16:00 第 I 部 合評会 梅村 卓(著)『中国共産党のメディアとプロパガンダ ―戦後満洲・東北地域の歴史的展開―』御茶の水書房、2015年:http://www.ochanomizushobo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-275-01087-2

    基調講演:梅村 卓(明治学院大学 非常勤講師)


        コメンテータ:金野 純(学習院女子大学 国際文化交流学部 准教授)

        コメンテータ:丸田孝志(広島大学 大学院総合科学研究科 教授)
           ファシリテータ:島田美和(慶応義塾大学 法学部 専任講師)



16:15~18:45 第 II 部 合評会 吉本秀子(著)『米国の沖縄占領と情報政策 ―軍事主義の矛盾とカモフラージュ―春風社、2015年:http://shumpu.com/archives/8270

    基調講演:吉本秀子(山口県立大学 国際文化学部 准教授


        コメンテータ:井川充雄(立教大学 社会学部 教授)
        コメンテータ:土屋由香(愛媛大学 法文学部 教授)
           ファシリテータ:名嘉山リサ(沖縄工業高等専門学校 総合科学科 准教授)



2015年9月17日木曜日

第23回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年11月14日() 13:30~18:15
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 2号館 303号室

【 プログラム 】
13:30~15:45 第 I 部 講演 コメント
    講演:米 多(Mi Duo / 東京大学 大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻)
        コメンテータ:松田康博(東京大学 東洋文化研究所 教授)

アジア分断国家による反共同盟構築の試み (1964-1969)
East Asia's Divided Nations' attempt to Establish Anti-communist Military Alliances (1964-1969)

 1945年9月の日本降伏によって第2次大戦は終結するが、日本の支配から解放された朝鮮半島、中国、ベトナムは即時独立を達成できず、それぞれ分断国家への道をたどることになる。欧州に始まった冷戦が、1950年の朝鮮戦争勃発でアジアにも拡大すると、アメリカは、日本や韓国、中華民国と安全保障条約を締結すると共に東南アジアを中心にSEATOを発足させ、各分断線で共産主義勢力と対峙する体制を整えていった。
 この「ハブ・アンド・スポーク」と呼ばれる体制により、中華民国、韓国、南ベトナムは米国の軍事援助を確保できた一方で、国家統一を目指す軍事行動を制限されるようになった。かくして、華・韓・越3国はそれぞれ米国側と交渉しながら、「大陸反攻」「北進統一」を構想し、互いに反共同盟の樹立を模索するようになる。
 この華韓越3国間の反共同盟構築についての従来の研究は、史料公開の制約もあり、1960年代前半までにとどまっていたが、本報告では近年公開された関係各国の外交文書などを用いることで、1964年から1970年前後までのアジア冷戦変容期を中心に検討を進める。また、この時期の冷戦変容への各国の対応について、一国史的枠組みを超えて考察することで、アジア自由主義諸国の相互認識およびそれによる影響を論じていく。



16:00~18:15 第 II 部 講演 コメント
    講演:志村三代子(都留文科大学 文学部 准教授)
    講演:名嘉山リサ沖縄工業高等専門学校 総合科学科 准教授)
        コメンテータ:泉水英計(神奈川大学 経営学部 教授)


サイパンから沖縄へ ―『戦場よ永遠に』の映画化をめぐって―
From Saipan to Okinawa: On Filming of “Hell to Eternity” (1960)

 本発表の目的は、『戦場よ永遠に』に描かれた「サイパンの笛吹き男」を読み解くことによって、冷戦期のハリウッドで描かれたアメリカ/日本/沖縄という三国間の地政学的イメージを検証することである。
 『戦場よ永遠に』は、1944年のサイパン・テニアン戦で1500人もの日本軍人と民間人を投降させ人命を救ったことによりアメリカ国内で一躍有名人となった海兵隊員ガイ・ガバルドンをモデルにした映画作品である。ガバルドンの名声は、アメリカのテレビ番組This is Your Lifeで紹介され、その評判に注目したハリウッドのプロデューサーが映画化を企画した。しかし、彼のキャリアは映画化された際に修正が施された。『戦場よ永遠に』が重要なのは、サイパンが舞台であるにもかかわらず、ロケーション場所がアメリカ占領下の沖縄であり、多数の住民がエキストラとして出演していることから、サイパン戦のイメージが、唯一の地上戦であった沖縄戦のアナロジーとして考えられていることである。
 本発表では、ガイ・ガバルドンの報道、This is Your Lifeで紹介されたガイ・ガバルドンの史実と、映画化作品の差異を検証することによって、冷戦期の海兵隊協力映画としての本作の意義を明らかにしていきたい。




2015年8月3日月曜日

第22回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年10月3日() 13:30~18:30
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 2号館 303号室

【 プログラム 】
13:30~16:00 第 I 部 合評会 河合信晴(著)『政治がつむぎだす日常 ―東ドイツの余暇とふつうの人びと」』現代書館、2015年:http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5760-3.htm

    基調講演:河合信晴(成蹊大学 法学部 非常勤講師)

        コメンテータ:芦部 彰(東京大学 大学院人文社会系研究科 研究員)
        コメンテータ:西田 慎(奈良教育大学 教育学部 准教授)
            ファシリテータ:伊豆田俊輔(日本学術振興会 特別研究員PD)




16:15~18:30 第 II 部 講演 コメント
    講演:長澤裕子(東京大学 グローバル地域研究機構 韓国学研究部門 特任講師)
        コメンテータ:小林聡明(日本大学 法学部 専任講師)

1950年代の日米韓関係における原子力平和利用計画の始動
Launching of "Atoms for Peace" Program in the Japan-U.S.-ROK Trilateral Relationship in the 1950s

 311東日本大震災以降、東アジアの原子力をめぐる問題が、北朝鮮のミサイル発射や核開発問題と共に注目される中、2015年6月、米韓両政府は、改定米韓原子力協定に正式に調印した。韓国外交部を始めとする関係4組織は、正式調印に先立つ4月、米韓政府間の妥結を合同プレスリリースとして公表し、「40余年前に締結された現行協定が、我が国の先進的な位相を反映した新しい協定に代替されたのだ」と大きく評価した。
 現行の米韓原子力協定は、1972年に署名、翌1973年3月に発効した協定が、失効を避けるために2013年4月に二年間延長されたものである。同協定の延長にあたっては、核燃料の濃縮と再処理を行う上で、米国政府側の事前同意や許諾が必要とされている点が、日米原子力協定と異なり、不平等協定であると、指摘されてきた。
 本報告では、同協定よりさらに遡り、1956年2月の「米韓原子力協定」と1955年「日米原子力協定」を日米韓等の開示資料に基づき分析する。そもそも韓国が戦後初めての原子力導入期に、どのように米国との不平等な条約の締結に踏み切ったかについて、日米韓の原子力平和利用計画が始動した時期を中心に再考する。




2015年5月17日日曜日

第21回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年7月11日() 13:30~18:15
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 2号館 303号室

【 プログラム 】
13:30~16:00 第 I 部 講演 コメント
    講演:吉次公介(立命館大学 法学部 教授)
      コメンテータ:根本 敬(上智大学 総合グローバル学部 教授)
      コメンテータ:宮城大蔵(上智大学 大学院グローバル・スタディーズ研究科 教授)


戦後日本=ビルマ「特殊関係」の形成 1951-1963
The Establishment of Japan-Burma "Special Relations" after the World War II: 1951-1963


 2011年3月にテイン・セイン政権が発足した後、ミャンマー(ビルマ)では民主化・国民和解が進展している。アウン・サン・スー・チー国民民主連盟(NLD)議長が下院議員として国政に関与するようになり、ミャンマーと欧米の関係も急速に改善した。
 世界がミャンマーの動向に注目するなか、2014年、日本とミャンマーは国交樹立60周年を迎えた。約6000万人の人口を抱えるミャンマーは、経済的にも、地政学的にも日本にとって大変重要な国である。また、日本とミャンマーは、歴史的なつながりも深く、ゆえに「特殊関係」にあると言われた。アジア太平洋戦争期、日本陸軍の南機関がイギリスに対抗するために、「ビルマ独立の父」といわれるアウン・サン将軍らビルマ独立を志す若者30名に軍事教練を施したためである。
 しかし、戦後日本とビルマの関係に関する一次史料を用いた実証研究は十分に進んでおらず、賠償問題の妥結のプロセスも解明されているとは言い難い。本報告では、アジア冷戦の推移を視野に入れつつ、1951年のサンフランシスコ講和から1963年の賠償再検討問題の妥結までの日緬「特殊関係」を跡付け、日本外交の成果と限界を明らかにしたい。



16:15~18:15 第 II 部 講演 コメント
    講演:伊藤頌文(慶應義塾大学 大学院法学研究科)
      コメンテータ:小川浩之(東京大学 大学院総合文化研究科 准教授)


冷戦変容期のイギリス外交と東地中海の同盟管理 ― キプロスSBAを巡る議論を中心として―
British Policy under Détente and the Alliance Management in the Eastern Mediterranean:
Focusing on the Discussions on the Sovereign Base Areas of Cyprus


 冷戦期の東地中海は西側陣営にとって戦略上の要衝の一つであった。しかし1970年代にデタントが進展すると同地域を巡る同盟内の問題が顕在化した。なかでも、かつて東地中海を帝国の要と捉え、影響力を行使してきたイギリスは、世界大のコミットメントから離脱した後も関与の維持を余儀なくされていった。
 本報告は従来の冷戦史・同盟研究で必ずしも注目されてこなかった東地中海におけるイギリスの役割と同国が負った責任を、この地域における同盟管理の文脈に引き付けて検討する。その際に本報告が注目するのは、イギリスが旧植民地であるキプロスに、その独立後も保持し続けた主権基地領域(SBA)である。SBAは東地中海におけるイギリスのプレゼンスと対ソ抑止の象徴であった一方で、その維持コストに比して有用性はきわめて限定的であり、常に撤退論が浮上する存在でもあった。なぜイギリスは多大な負担を強いられるSBAを保持し続けたのか。
 この問いに答えるために、本報告では当該期のイギリスが置かれた状況を東地中海の同盟内問題と絡めて分析することで、イギリスの西側同盟内での立ち位置と、その背後にある歴史的遺産の一側面に光を当てることを目指したい。



2015年3月22日日曜日

第20回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年5月16日() 13:30~18:00
【 会場 】 上智大学 四谷キャンパス 中央図書館 L-912号室

【 プログラム 】
13:30~15:45 第 I 部 講演 コメント
    講演:松村史紀(宇都宮大学 国際学部 准教授)
      コメンテータ:鄭  成(早稲田大学 現代中国研究所 主任研究員・准教授)
      コメンテータ:丸山鋼二(文教大学 国際学部 准教授)


アジア冷戦のローカル化 ―中ソ同盟のなかの在華ソ連軍再考 [1949-55年]―
The Localization of the Cold War in Asia:
Re-examining the Role of Soviet Troops in the Sino-Soviet Alliance (1949-55)


 これまで中ソ同盟の誕生によって、アジアに冷戦の二極対立が成立したと考えられてきた。この評価は総体としてみれば間違いではないだろうが、いくらか誇張が含まれている。本報告ではいくつかの拙稿をもとに、ふたつの点から中ソ同盟の意義を再考してみたい。
 ひとつは、中ソ関係の二元構造についてである。両政府レベルでは正式な「同盟」を成立させ、ソ連の軍事的役割を大幅に低減させた。一方、両党レベルでは非公式な(あるいは未熟な)中ソ分業を予定し、アジアの革命の主導役を北京に委ねる態勢をとろうとした。全体として、アジア冷戦の前線からソ連が大きく後退するとともに、中国が前面に出るような態勢がつくられていったと考えられる。
 もうひとつは、中ソ同盟が誕生したときの東アジア情勢についてである。当時、旧敵国(日本)との講和が未完であったばかりか、米国の同盟網も未整備であった。したがって、中ソ同盟は対日講和を求めるための道を残したうえで、対米闘争を無条件に、全面的に展開するための措置はとらなかったと考えられる。
 以上の二点について、中ソ同盟の軍事的支柱であった在華ソ連軍の役割に焦点を当てて具体的に考察したい。


16:00~18:00 第 II 部 講演 コメント
    講演:志田淳二郎(中央大学 大学院法学研究科)
      コメンテータ:倉科一希(広島市立大学 国際学部 准教授)


ジョージ・H・W・ブッシュ政権とCFE交渉、1989-1990年
―在欧米軍削減問題とドイツ統一問題からの接近―
The George H. W. Bush Administration and the CFE Talks, 1989-1990:
Based on the Withdrawal of U.S. Troops in Europe and the German Unification


 1990年11月19日、NATOとワルシャワ条約機構の全加盟国22カ国は、CFE(欧州通常戦力)条約に調印した。冷戦期長らく対峙してきた東西同盟間で結ばれた同条約は、「冷戦終結」の印象を人々に植え付けさせるものであった。本報告の課題は、CFE交渉に臨むジョージ・H・W・ブッシュ政権の意図を検証することである。
 従来のCFE研究では、史料上の制約から、CFE条約の構造を中心とした「静的側面」の分析に留まっていた。だが、冷戦終結関連の史料開示が進む近年、交渉に臨む各国政府の意図やそれらを背景にした交渉過程の詳細といったCFE交渉の「動的側面」に光を当てることが可能となりつつある。こうした現状に鑑み、本報告は、ジョージ・ブッシュ大統領図書館の未公刊史料を使用し、上記の課題に取り組む。
 アメリカ外交の視点に立ったCFE交渉の「動的側面」の検証にあたっては、東西関係における交渉過程だけでなく、当時アメリカ国内で議論されていた国防予算削減の一環としての在欧米軍削減問題や、ヨーロッパの安全保障環境を大きく変容させることが予想されたドイツ統一問題にも注目する。
 東西軍縮交渉とは別の文脈で進展したこれらの視角からCFE交渉に接近する本報告は、ブッシュ政権の意図のみならず、冷戦終結期の米欧関係にも新たな視座を提供する。



2015年3月2日月曜日

第19回例会

公開合評会 Naomi Oreskes & John Krige (eds.), Science and Technology in the Global Cold War (The MIT Press, 2014: http://mitpress.mit.edu/books/science-and-technology-global-cold-war

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年4月25日() 13:30~19:00
【 会場 】 早稲田大学 早稲田キャンパス 3号館 711号室

【 プログラム 】
13:30~14:30 第 I 部 基調講演: 山崎正勝   (東京工業大学 名誉教授) 

14:40~17:50 第 II 部  各章解説&コメント
  序章+第1章コメンテータ:伊藤憲二  (総合研究大学院大学 先導科学研究科 准教授)
           第2章コメンテータ:飯田香穂里(総合研究大学院大学 先導科学研究科 講師)
           第3章コメンテータ:濱村 仁(東京大学 大学院総合文化研究科)
           第5章コメンテータ:宮川卓也(日本学術振興会 特別研究員PD - 東京理科大学)
      (…休憩…)
           第6章コメンテータ:金山浩司(北海道大学 スラブ・ユーラシア研究センター 研究員)
           第7章コメンテータ:石垣 勝(東京理科大学 非常勤講師)
           第9章コメンテータ:小山俊士(早稲田大学 人間科学学術院 助手)
           第10章コメンテータ:木村謙仁(日本エネルギー経済研究所 研究員)
           第11章コメンテータ:杉田 徹(法政大学 大学院政治学研究科)

18:00~19:00 第 III 部  総合討論
               特別企画:「ベルリン冷戦研究センター設立会議報告」
               報告者:土屋由(愛媛大学 法文学部 教授)


2015年2月1日日曜日

第18回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年3月22日() 15:00~18:00
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
15:00~18:00 講演 コメント
     講演:加藤智裕(一橋大学 大学院法学研究科)
        コメンテータ:伊藤裕子(亜細亜大学 国際関係学部 教授)

ケネディ政権期の南アジア政策 1961-63年 ―南アジアにおける冷戦の激化とインド洋への進出―
The Kennedy Administration’s Policy towards South Asia, 1961-63: The Escalation of the Cold War
in South Asia and Establishment of U.S. Military Presence in the Indian Ocean

 ケネディ政権期の南アジア政策には、他の冷戦期の政権と異なり、インドへの接近政策が展開されたという点に特徴がある。またケネディ政権は、南アジアにおいて多くの困難に直面した。例えば、インドへの援助をめぐるアメリカとソ連との競争関係や中印国境戦争の勃発、アメリカとパキスタンの同盟関係における相互不信の増大、アメリカとイギリスの南アジアにおける協調パターンの瓦解、パキスタンとアフガニスタンの国境問題などである。
 これまでの先行研究では、ケネディ政権の南アジア政策を論じる際に、中国要因が注目されてきた。中国要因というのは、62年10月に勃発した中印戦争によって、中国の南アジアにおける脅威が増大したということを主に意味する。これに対し本報告では、中国要因に加え、パキスタン要因、ソ連要因、そしてイギリス要因を加えることで、ケネディ政権期の南アジア政策の研究に新たな解釈を提示する。そこで、なぜアメリカはパキスタンを重視し続けたのか、という分析視角を設定することで、中東政策との連関やケネディ政権のインド洋進出の論理、柔軟反応戦略のインド洋地域への適応という新たな政策課題が浮き彫りとなってくるのである。




2014年11月30日日曜日

第17回例会

 公開合評会 齋藤嘉臣(著)『文化浸透の冷戦史 ―イギリスのプロパガンダと演劇性―』勁草書房、2013年:http://www.keisoshobo.co.jp/book/b122650.html

(※ 終了しました)
【 日時 】 2015年1月31日() 14:30~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
14:30~15:30 第 I 部 基調講演:齋藤嘉臣(京都大学 大学院人間・環境学研究科 准教授)

15:40~17:00 第 II 部 コメント
   第1~3章コメンテータ:松本佐保(名古屋市立大学 大学院人文社会系研究科 教授)
   第4~6章コメンテータ:伊豆田俊輔(日本学術振興会 特別研究員PD - 福岡大学)
   第7~8章コメンテータ:瀧口順也(龍谷大学 国際文化学部 講師)

17:10~18:10 第 III 部  総合討論
ファシリテータ:土屋由香(愛媛大学 法文学部 教授)


2014年9月21日日曜日

第16回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年11月29日() 14:30~18:00
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
14:30~16:20 第 I 部 講演 & コメント
     講演:麻田雅文(東北大学 東北アジア研究センター 教育研究支援者)
        コメンテータ:加藤聖文(国文学研究資料館 研究部 助教)
        コメンテータ:吉田豊子(京都産業大学 外国語学部 准教授)

中国長春鉄道の返還をめぐる中ソ関係 1949-1953年
The Return of the Chinese Changchun Railway to China and the Sino-Soviet Relations, 1949-1953

 1949年10月、中華人民共和国を建国した毛沢東と周恩来は、中国東北(旧満洲)の幹線である中国長春鉄道(以下、長春鉄道と略記)の返還を求めて、同年末からモスクワでスターリンらとの直接交渉を開始した。そして1950年2月に中ソ友好同盟相互援助条約の調印にこぎつけ、52年末までにソ連が長春鉄道を返還することで両国は合意した。
 中国側が成功したように見えるこの鉄道の返還交渉だが、毛沢東には大いに不満が残った。後年、その不満を折に触れて述べている。果たして、毛沢東の不満とは何だったのだろうか。一方のソ連側だが、第二次大戦前からあれほどこだわりを見せてきた、中国東北におけるソ連の最大の権益である長春鉄道を、スターリンが手放したのはなぜなのか。この間の交渉には様々な謎が残されている。
 本報告は、その交渉の駆け引きを、近年公開されたソ連の公文書を基礎にして論じるものである。これまで長春鉄道の返還にまつわる中ソの葛藤は、主に中国側の文書によって論じられてきたが、ソ連側の史料も活用することで、より客観的に交渉の経緯を把握し、中ソ関係の初期における両国の力関係をも明らかにできるだろう。



16:30~18:00 第 II 部 文献紹介(担当:小川佐和子 / 京都大学 人文科学研究所 助教)
Tony Shaw & Denise J. Youngblood (2010), Cinematic Cold War: The American and Soviet Struggle for Hearts and Minds, University Press of Kansas:

 

2014年8月1日金曜日

第15回例会

公開合評会 J.R. McNeill & Corinna R. Unger (eds.), Environmental Histories of the Cold War (Cambridge University Press, 2013:
http://www.cambridge.org/us/academic/subjects/history/history-after-1945-general/environmental-histories-cold-war?format=PB

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年9月20日() 13:30~18:20
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
13:30~14:30 第 I 部  基調講演&コメント
                基調講演:樋口敏広(京都大学 白眉センター 助教)
  第11章コメンテータ:濱村 仁(東京大学 大学院総合文化研究科)

14:40~16:00 第 II 部  各章解説&コメント
  第1章コメンテータ:金山浩司(北海道大学 スラブ・ユーラシア研究センター 非常勤研究員)
  第2章コメンテータ:住田朋久(東京大学出版会 編集局)
  第3章コメンテータ:飯田香穂里(総合研究大学院大学 先導科学研究科 講師)
  第4章コメンテータ:宮川卓也(ソウル大学校 科学史科学哲学協同課程)

16:10~17:10 第 III 部  各章解説&コメント
       第9章コメンテータ:石垣 勝(東京大学 大学院総合文化研究科)
       第12章コメンテータ:卯田宗平(東京大学 東洋文化研究所 特任講師)
       第13章コメンテータ:瀬戸口明久(京都大学 人文科学研究所 准教授)

17:20~18:20 第 IV 部  総合討論  ファシリテータ:樋口敏広

2014年7月16日水曜日

第14回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年8月23日() 14:00~18:30
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 307号室

【 プログラム 】
14:00~15:30 講演:永田伸吾(金沢大学 大学院人間社会環境研究科 客員研究員)

米国・ASEAN関係の制度化 ―新冷戦と米国のアジア太平洋戦略―
The Institutionalization of the U.S.-ASEAN Relations: the New Cold War and the U.S. Strategy in the Asia-Pacific

 本報告は、米国・ASEAN対話の開始(1977年)や、米国を含む形でのASEAN拡大外相会議の開催(1979年)など、70年代末期より始まった米国・ASEAN関係の制度化に注目し、米国の対ソ封じ込め政策への回帰と新冷戦の幕開けにおけるその位置づけを検討する。
 70年代末期、ソ連海軍の太平洋におけるプレゼンス増大に直面した当時のカーター政権は、米国が「太平洋国家」であることを再認識し、海空軍力の増強などアジア太平洋戦略の再構築に努めた。この戦略再構築の過程で、米中国交正常化(事実上の米中協商)や在韓米軍撤退政策の見直し、そして在比米軍基地協定改定交渉の妥結などの2国間同盟・パートナー関係も強化・維持された。同時に、インドシナ情勢を契機にASEANを巡る多国間協議制度が米国のアジア太平洋戦略の中で重要な役割を果たした。これらの現象の検討を通し、冷戦後に形成されたアジア太平洋地域における多層的な安全保障の枠組みについて、冷戦期からの連続性で考察する際の視座を提供する。



15:40~17:00 文献紹介 I(担当:松嵜英也 / 上智大学 大学院グローバル・スタディーズ研究科)
Vojtech Mastny (2010), "Soviet foreign policy 1953-1962", in Leffler, M.P. & O.A. Westad (ed.), The Cambridge History of the Cold War, Vol.I, Cambridge University Press, pp.312-333.


17:10~18:30 文献紹介 II(担当:石垣 勝 / 東京大学 大学院総合文化研究科)
百瀬宏・植田隆子(編)『欧州安全保障協力会議(CSCE) 1975-92』日本国際問題研究所、1992年




2014年6月10日火曜日

第13回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年7月19日() 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:土屋由香(愛媛大学 法文学部 教授)

冷戦初期アメリカの広報文化外交と対日反共秘密工作
― 心理学者マーク・A・メイによる1959年「情報諮問委員会報告書」に焦点を当てて―
The U.S. Public Diplomacy in the Early Cold War Era and Clandestine Anti-Communist Activities in Japan:
the 1959 Report of the U.S. Advisory Commission on Information by Psychologist Mark A. May

 2007年10月21日、共同通信社はアメリカ広報・文化交流局(USIS)が1950年代に日本で行っていた反共秘密工作についてのスクープ記事を配信した。この記事が依拠した資料は、「アメリカ情報諮問委員会」議長のマーク・A・メイが1959年に日本で実施した調査の報告書であった。報告書には、「広報・文化交流活動」と呼ぶには余りに露骨な秘密工作が多数含まれていた。アイゼンハワー政権期のUSISの活動の半数が政府の関与を秘匿(unattributed)した活動であったと言われるように、こうした秘密工作もまた、冷戦初期のアメリカ広報文化外交の一側面であった。
 本報告では、イェール大学の教育心理学者であったマーク・A・メイが、戦後10年以上にわたり情報諮問委員会の議長を務めることになった経緯をたどることで、戦時~冷戦初期のアメリカにおける知の動員体制の一端を解き明かすとともに、彼の報告書の内容を単なるスキャンダルとして見るのではなく、冷戦初期の広報文化外交の中に位置づけてその意味を考察したい。



16:40~18:10 文献紹介(担当:伊豆田俊輔 / 日本学術振興会 特別研究員PD - 福岡大学)
Vladimir O. Pechatnov (2010), "The Soviet Union and the world, 1944-1953", in Leffler, M.P. & O.A. Westad (eds.), The Cambridge History of the Cold War, Vol.I, Cambridge University Press, pp.90-111.
Norman Naimark (2010), "The Sovietization of Eastern Europe, 1944-1953", in Leffler, M.P. & O.A. Westad (eds.), The Cambridge History of the Cold War, Vol.I, Cambridge University Press, pp.175-197.




2014年5月16日金曜日

第12回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年6月21日() 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:濱村 仁(東京大学 大学院総合文化研究科)

冷戦期アメリカにおける核不拡散原則と個別性問題
Nuclear Nonproliferation Principles and the Question of Particularity for the United States in the Cold War

 世界初の核保有国であるアメリカにとって、1945年以降の歴史とは即ち核開発の後発国に追われる歴史であったとすれば、1946年の原子力法に見られるように、その流れに歯止めをかけようとする核不拡散という発想が同国由来のものであることに不思議はない。とりわけ、圧倒的破壊力と防御不可能性を備えた戦略核兵器に国力差を相殺する作用があるとすれば、世界中に軍隊を展開する能力と意思を持つ超大国として、アメリカが一律的な核不拡散を推進する戦略的利害を持つことは自然であろう。しかし、現実の個別局面におけるアメリカの対応は、対外政策としての核不拡散原則の一律適用として理解するだけで充分だろうか。とりわけ、核不拡散政策の優先度が東西対立の苛烈さに反比例していたということがよく指摘される冷戦期において、アメリカは核不拡散原則と個別状況をどのように調整したのだろうか。本報告は、この問題を核開発段階、戦略的関係、核開発国属性という三つの視点から考察する。



16:40~18:10 文献紹介(担当:石垣 勝 / 東京大学 大学院総合文化研究科)
遠藤乾(編) 『 ヨーロッパ統合史 』 名古屋大学出版会、2008年:
*最新版『ヨーロッパ統合史 [増補版]』(2014年)は:http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0767-2.html



2014年4月12日土曜日

第11回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年5月17日() 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 I キャンパス 14号館 307号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:松嵜英也(上智大学 大学院グローバル・スタディーズ研究科)

冷戦終焉におけるソ連邦解体と事実上の国家の形成 
―労働集団合同評議会の沿ドニエストル共和国建設過程の解明―
Disintegration of the Soviet Union and Formation of the De Facto State in the End of the Cold War: 
Analysis of the Political Building Process of Transnistria Republic by OSTK

 旧ソ連圏の事実上の国家は、ソ連解体期に内戦型紛争へと至る過程で統治の実効性を確立した。グルジアの南オセチアとアブハジア、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ、モルドヴァの沿ドニエストルでは、共和国から事実上の分離独立を果たし、現在まで実効支配が及ばない地域となっている。
 この中で沿ドニエストルはソ連解体期に自治を有さなかったが、実効的な統治を確立した特異な側面を持つ。同地域は1990年9月の分離宣言、92年3月の沿ドニエストル紛争勃発、7月の一時停戦締結の過程で国家の基本的機能(政府、議会、軍、国立銀行等)が形成された。いかなる政治力学が働いて事実上の分離独立へと至ったのか。
 本報告の目的は、沿ドニエストルで事実上の国家が形成されるまでの政治過程をモルドヴァからの分離独立を主導した労働集団合同評議会に着目して論じる事である。ソ連解体期に生成された沿ドニエストルは、法的地位が曖昧な状態で現在も存続している。報告ではその過程を内在的に説明する事で、冷戦から現在への連続/非連続性に何らかの示唆を与えたい。



16:40~18:10 文献紹介(担当:石垣 勝 / 東京大学 大学院総合文化研究科)
        市川浩『冷戦と科学技術 ―旧ソ連邦 1945~1955年―』ミネルヴァ書房、2007年:



2014年3月15日土曜日

第10回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年4月12日() 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 キャンパス 14号館 307号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:増田耕一(海洋研究開発機構 統合的気候変動予測研究分野 主任研究員)

冷戦期における気象に関する世界規模協力体制の発展
Development of Global Meteorological Cooperation in the Cold War Period

 気象に関する世界規模の情報共有・交換の体制はとくに冷戦期に発展した。
 気象事業官庁間の国際共同事業として、1951年に「世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)」が発足、1963年には同機関の下で「世界気象監視計画(World Weather Watch: WWW)」が開始され、現在まで継続している。また、国際科学会議(ICSU)を推進主体とする国際共同事業として、1957年7月-1958年末に実施された「国際地球観測年(International Geophysical Year: IGY)」、1970年代に実施された「全球大気研究計画(Global Atmospheric Research Program: GARP)」などがある。
 これらの事業で情報の公開・共有が進んだ動機は、科学者や文民官僚らが冷戦体制に抗して推進した面と、東西対立を是とする勢力が気象情報を公開したほうが冷戦を有利に戦えると考えた面とがあるが、両者をよりわけるのは困難である。
 ここでは、主にEdwards の著書*の第8-9章に依拠しつつ、気象学者としてのわたしの知見も加えながら、冷戦期に進められた国際共同事業体制の発展について考察する。
* Paul N. Edwards (2010), A Vast Machine: Computer Models, Climate Data, and the Politics of Global Warming, MIT Press.



16:40~18:10 文献紹介(担当:木村謙仁 / 東京大学 大学院工学系研究科)
David S. Painter (2010), "Oil, resources, and the Cold War, 1945-1962", in Leffler, M.P. & O.A. Westad (eds.), The Cambridge History of the Cold War, Vol.I, Cambridge University Press, pp.486-507.




2014年2月10日月曜日

第9回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年3月21日(金・祝) 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 キャンパス 14号館 308号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:谷川建司(早稲田大学 政治経済学術院 客員教授)

冷戦期のアメリカ広報外交におけるスポーツの利用 ―CIE映画、VOAラジオ放送、マンガ―
Use of Sports in U.S. Cultural Diplomacy during Cold-War Era: CIE Films, VOA Radio Broadcasting and Manga

  冷戦期にあって、米国が世界に対して、ソ連の体制よりも自国の民主主義体制のほうが優れているのだと説得的に対話していく際の突破口を切り開く有効なツールとして、スポーツ、特にベースボールが強調された。ベースボールへの親和性が強い日本に対しては、CIE映画やVOA日本語放送というメディアに載せたソフトとしてのスポーツやベースボール関連コンテンツによってコミュニケートすることが、アメリカの対日占領政策を円滑に行わせる上でとりわけ有効だった。
  本発表では、1) CIE映画の中におけるスポーツ(ベースボール)の占めていた割合について、一都三県におけるCIE映画上映会の1950年一年間の上映回数・動員数の調査、2) 米国務省がVOAラジオ放送を通じて特に日本に対して数々のベースボール関連番組を放送したほか、日本、南米、近東、そしてフィリピンを中心とする他の極東の国々に対してジャッキー・ロビンソン出演の特別ラジオ番組の数々を計画したケース、そして3) 同じくロビンソンの伝記が子供向けマンガ物語として日米同時出版されたケース、について考察する。



16:40~18:10 文献紹介(担当:濱村 仁 / 東京大学 大学院総合文化研究科)
貴志俊彦・土屋由香(編)『文化冷戦の時代 ―アメリカとアジア―』国際書院、2009年:
                                                


2014年1月13日月曜日

第8回例会

(※ 終了しました)
【 日時 】 2014年2月22日() 15:00~18:10
【 会場 】 東京大学駒場 キャンパス 14号館 307号室

【 プログラム 】
15:00~16:30 講演:伊豆田俊輔(東京大学 大学院総合文化研究科)

東ドイツにおける非スターリン化の失敗(1956/1957) ―「ハーリヒ事件」と社会主義知識人たち―
The failure of destalinization in East Germany 1956/57: “Harich Affair” and the socialist intellectuals

 1956/57年はソ連・東欧圏にとって、非スターリン運動の端緒として大きな意味を持つ年であった。そのなかでも、東ドイツは特異な変容を遂げることになる。東独指導部は、政治・経済・文化の面で、スターリン時代の刻印を残した支配体制をむしろ強化するのである。
 ここでは、東ドイツの知識人(公論形成に影響力をもった研究者や頭脳労働者、芸術家)が世界的な非スターリン化運動に対して、いかなる反応を示したのかを、哲学者ハーリヒ(Wolfgang Harich)の事例を中心に考察する。彼は1956年、冷戦緩和と科学技術の進展という認識のもと、東ドイツのスターリニズム克服を構想するが、これにより逮捕され有罪判決を受けることになる。
 本報告は、この事件の過程から、第一に、スターリン主義批判が東ドイツ知識人層においても自発的に生まれていたことを明らかにし、第二に、知識人層におけるスターリン主義批判の背景と帰結、彼らの国際情勢・社会変動に対する認識を詳らかにすることを目的とする。



16:40~18:10 文献紹介(担当:石垣 勝 / 東京大学 大学院総合文化研究科)
下斗米伸夫『アジア冷戦史』中央公論新社、2004年: